史料紹介「兼喜神社御由緒」

兼喜神社御由緒

御祭神 北郷常隆介相久(ほんごうひたちのすけ すけひさ)

兼喜神社は都城市都島竹の下、大淀川西岸の崖の斜面を利用し東面して鎮座して居ります。お社はうっそうたる森にかこまれ、高い石段を登りつめると極彩色の社殿が拝されます。この社殿は江戸中期の建物ながら桃山風の結構で余り類のないものとされており、昭和五十年 市の文化財に指定されました。この意味でも大事な御社ではありますが、都城島津氏にとっては特に大事な御社であります。

この御社は昔から人々に「デメジンサァ」(大明神様) と呼ばれ、半ばおそれをこめて崇敬されていました。又反面六月灯(夏祭)は都城島津氏領内のお宮の六月燈が全部すんでから最後に行われるのが例になって居り、参道から大淀川岸に至る広場には市がたち大変な人出で当地方の楽しい年中行事の一つになって居りました。この意味では親しまれていたのです。夜になると沢山の花火が打上げられ昔の殿様は大淀川に舟を浮べて見物をされたものであります。

境内は森にかこまれ昼なお暗いところでしたから往時の少年達の肝試しにもってこいの場所で、先輩に叱咤されぶるぶるふるえながら高い石段をのぼり真暗閣の社殿を一周りして来るおそろしさを体験した人は今も残って居ります。

夜になると白馬に股がった若武者が蹄の音をひびかせて走り廻るのを見たとか、童児が泣きながら恨み言をいうのを聞いたとか・・・この御社の因縁話は未だ語りつがれております。

兼喜神社御由緒 前言より

兼喜神社全図

兼喜神社

兼喜神社全図